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不幸を生き続けるのが”自分自身”を手に入れるということ

不幸を不幸だと認めて

真実に目を向けなさい。

どうも

幸福アピールをしたくない

けんすいまにあです。

今日は”不幸のススメ”について

話していきたいと思います。

不幸のススメ

不幸を味わい切る覚悟はあるか?

残念ながら今の僕にはありません。しかし手に入れたいそう思いました。

先日このような話を聞きました。

”不幸論”という本より

幸福が怪しい理由、それは幸福を突き詰めたら

自分より幸福そうな人に嫉妬し、自分より不幸そうな人を心配し

優越感に浸ることになる。

そして幸福を手に入れたら

それ以上の幸福を追い求めるようになる、

過度に追い求めようとすると

不幸が目に止まり、不幸になるのが怖くなる

自分では幸せを実感できないから

他人からの承認を過度に求め

他人から「幸せね」と言ってもらう為に

自分の幸福を大っぴらに見せようとする

こんな幸福論者は不幸な人です。

しかし不幸のススメでいう”不幸になる”ということは

どういうことなのか?

それはネガティブな前提を持ち

不幸や、死などを無視せずに

”受け入れる”ということを

ススメるということです。

他人中心主義から※自己中心主義になり

※ここでいう自己中心主義とは”自分”の信念に従って生きるということです。

目立たずに人と無理に関わらず

自分の”欲望”を見つけてそれを

追求するということです。

追求することで不幸になります。

それは例えばJKと関係を持ちたいという人がいたら

とことんまで追求してそして逮捕される。もしくは刺される。

これが不幸です。

その不幸の体験も

欲望を押し通した結果になります。

中途半端に欲望を出し、幸福のふりをしていても不幸にもなれずに

死んでゆきます。

それは本当に自分の人生を生きたということなのでしょうか?

欲望を突き詰めたら不幸にぶち当たる。

その不幸を味わいきれるという覚悟がなければ

自分自身の人生を生きたという実感が持てる日は来ないのではないでしょうか?

人生の目標は自分自身を選ぶこと

哲学者のキルケゴールはこういいます

人生の目標は、幸福になることではなく、自分自身を選ぶということ。

不幸のススメでいうなら、

自分の不幸の形を選ぶということです。

これは自分の不幸を受容するということにつながります。

不幸とは、過去に自分がしたことで不幸になったことと

現在自分がしていることで不幸になった”事実”しかありません。

自分自身を手に入れるなら

自分固有の不幸を生き続ける必要がある。

これは自分を認め自分の不幸を認めることで

真実をみているということ

自分の人生に立ち返らせてくれるという大切なことを

伝えてくれるのではないでしょうか?

自分の欲望に忠実になり

幸福論者の耳障りの良い言葉に耳を貸さず、

自分の信念に従って自分の人生を生きる。

これが不幸のススメです。

幸福も不幸も認めるということから始まる。

これを聞いてハッとさせられたのは

ネガティブな前提を持つという所です。

ネガティブな前提を持つとその前提を受け入れる覚悟ができます。

すると自分が進みたい方向へ迷うことなく進めるということです。

これは、なにも社会的に認められている、いない関係ありません。

他人の自由と権利をできるだけ尊重して

自分の人生を生きる為に不幸を目指す。

僕はこの一見

”暴論”のような

不幸のススメについてとても共感させられました。

みなさんはこれを聞いてどうおもいましたか?

不幸のススメ

もし共感できる部分があったら自分の人生に取り入れてみてはいかがでしょうか?

ここまで見てくれてありがとう!

また次回の記事でお会いしましょう

けんすいまにあでした。

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