嘘をどうしても正当化したい男

前回嘘と人間関係について話した

でも僕自身嘘を憎んだこともあるし

上っ面で悲しくなることもある

しかも

自分の言葉に縛られたくないし

縛られて苦しんできたからこそ

嘘について自分で納得したいと思った。

そしたら前回は

逆縁の発想から

一度壊れた人間関係はもう一度修復した時により強固になる。

嘘では人を欺いて裏切って

素直に謝ってもし許してもらえたなら

その人間関係はホンモノになる以上になる。

そのような事を言った。

それについてもう少し補足したいと思った。

嘘これは良くないことだ。

自分の気持ちに嘘をつくこと

これが人と人を遮断し孤立させ繋がりから教授できる幸せを破壊する

では自分の気持ちが完全に二極化してる

もしくは虐待、トラウマ

感じ方を殺されてねじ曲がってしまった人間は

死んだ方が良いのか?

嘘をついてでも生きて

生き抜くことが自分にとっての最大の貢献なのではないだろうか?

もしくは嘘をつきたくない

その場面ではそう感じた気持ちに従った時

自分という定義付けされた立ち位置からは全く異なる意見がぽろっと出た場合

それは嘘なのだろうか?

それとも無意識で自分が本当に望んでる”本音”なのかもしれない

争いを生まないための嘘もある。

本当は相手の事を殺したいほど憎い

でもそれを丸々伝えたら相手が壊れてしまうかもしれない

自分の感情を噛み砕いて

恨みに目を向けている自分を客観視して

こういう風にして欲しかったと素直に言えて

受け取ってくれた時に

感謝の気持ちを伝えれるかもしれない

本当は誰しもが気持ちよくなりたいけど

抑圧してねじれてその結果全く逆の気持ちをポロっと言ってしまって後悔する

そんな人も人間味あって

いいんじゃないかな?

嘘を嘘であると捉えるだけじゃなくて

本当は何を言いたかったのか

その人の優しさやら癖やら

味が出る嘘を許せる人になりたい

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