【恥ずかしい話】感情はカオスな仲間だった【ビッグバンのような2020を締めくくる】

懸垂(almost)

どうも

感情を頼りに生きたら

3週間で大学職員からホームレスになった男

けんすいまにあです。

僕はこの怒涛苦痛に満ちた成長の2020年を

このブログで締めくくりたいと思います。

それは僕の成長のために・・・

 

一時期、動画で発信していた

感情こそが自分なんだっ!という考え方

それは間違いだったので訂正したいと思います。

いや、半分正解

車で例えるなら

感情がガソリンで

他の要素(思考やみたいなものが)車体みたいな

この理論の

一筋の光明?が

この2020年の締めくくりに

見えたような気がしたので

このブログで発信したいと思います。

ということでここまでの約半年間ずっと抱えてきた心のモヤモヤ

いやいや

24年間

ずっと苦しんできたモヤモヤと言っても過言ではありませんが・・・

ようやく霧が晴れたような感覚に

”昨日”なったので

今日までの日記として

ここに残していきたいと思います。

  • ・2020年の年末年始の過ごし方
  • ・急に母と話したくなった
  • ・これからについて
  • ・これまでの経緯
  • ・感情はホントに自分?
  • ・繊細な自分にできること

こんな感じでつらつらと書いていきたいと思います。

繊細で思い込みが強いタイプ、

母と共依存的な関係があり、

自分を見失い

自殺しようと本気で考えた時期を乗り越えてきた僕が今感じてることを

残します。

寝れない日々が1週間

さて年末年始僕は何をやっていたかと言うと

寝ずに音ゲーをして、お菓子を食べ、餃子を作り、息子を慰めていました(♂)

ほんっっっっっとにそれしかしてません。

あ、あと瞑想と掃除。(←名越康文さんの影響)

ここ1週間毎日早朝の4時以降に寝るという

人生初の快挙を成し遂げていました。

しかし

地獄のミサワよろしく

2時間しか寝てねーって言いたいんですが、、

どうやら僕はロングスリーパーなようで

毎日11時間くらい寝てました

よって

朝の5時〜7時くらいまで起きてゲームやら動画を見て※9時に寝る日も

寝て、

16時とか17時に起きるみたいな生活でした(完全なマダオww)

僕の地元は神戸なんですが、実家に帰ろうともせず(そもそも帰るお金がない)

なんで自分だけこんな寂しい思いをしないといけないんだっ!

ってふとした瞬間にキレそうになりながらも

むしろ1人の方が楽だなぁ。

自分も本当は1人が良いってわかってるじゃん。

そんな感じで悶々としながら一人で自分と話していました

ある種強烈なジレンマを抱えながら1週間が経過しました。

母に執着するのはやめよう

ふと年明けに母に電話したいと思うようになりました。

なぜここで母に電話しようと思ったのか?

今思うとここ半年間、自分の感情を抑えることなく

感情に従ってみようと色々してきた成果が出たのかもしれません。

明日死ぬなら何がしたいか?そう自分に問いかけたときにしたいことをできる範囲でしてきました。

ふと母に今の気持ちを素直に伝えたいなって思うようになりました。

自分の気持ちを信じることができるようになったからこそ

相手に対して正直に”自分”の言葉で自分の感情を伝えれるようになったのではないかな?

そう思いました。

そんなこんなで母と1時間位話をしました。

色々言いました。

恥ずかしながら24歳

僕は貴方のことを恨んでいるし、怒っているってことを割と真剣に伝えました。

この歳で割と本気で母のせいでこんな苦しい思いをしないといけないと思っています。

しかも一番腹立たしいのは、社会的に見たら(表面では)子供のために尽くす立派な”母親”。

本当は子供を自分の思いのままに動かそうと必死で、思うようにいかなくなると子供を責め、

泣き叫んで”約束”だの”心配”だの”貴方のために”だの言って、

最終的に僕が折れないと分かると”貴方を恨んでいる”って言ってくるような

最悪な母親でした。

いままで僕が折れて何も議論もかわさないまま

終わっていたのも良くなかったのかもしれません・・・

まぁ世間的に言うと大変お世話になった母親でもありました。

そりゃ6年も大学に通わせてもらって、

バイトもせずに部活に打ち込ませてもらって

大変お世話になり

感謝してもしきれないくらい”恩”はあるんです。

しかしその一方で真剣に恨んでいることも真実でした。

そんな泣き言をいったところで何も変わらないということを自分でもわかっていました。

むしろ、今まで気づかないように自分でも自分を騙して生きていたような気がします。

そんなときにシェアハウスで母の反対を押し切ってまで決行し失敗・・・

仕事をやめあれよあれよとホームレスに・・・

そんな自分を嘆きながらこの2020年最後に

やっぱり自分の中でなにか変えたいと思うようになりました。

僕の人生の為に、

回り回って母の為に

金輪際このような恨み節を母に対しては吐かないことを誓いました。

ただ、母に対して出てくるこの底知れないネガティブな感情・・・

この種はどこから来るのか?

それは

赤ちゃんに備わっている集注欲求からくるものなんじゃないかなと思いました。

思えば高校から大学とスポーツで推薦されて誰かに認められるように頑張り続けてきたのは、

1番に母に認められたかった、褒めてもらいたかった。

その気持ちがストンと自分の中で理解できて消化されたとき

電話で、僕が認めてもらいたかったのはお母さんだった。って素直に言えました。

教師になることを辞めた時も、仕事辞めた時も、本当は自分の判断を

認めてほしかったなぁって思うんです

ずっと母が”息子にこうなって欲しかった”そんなものになれなかった自分に対する

怒りがあって、期待通りに動かない罪悪感がありました。

そもそも母自身そんな”期待”はして無かったと言われましたが

母も無意識でとっている行動に振り回されているのならしょうが無いのかもしれません・・・

もっというと

過剰適応で自分の中で母はこういう期待をしてると繰り返し創り上げていたのかもしれません

結局、最後まで一度も認めて褒めてもらうことはできませんでしたが、

僕の中ではずっとその罪悪感に苦しめられていたことを伝えることができました。

電話が終わる頃に

「もうあなたは貴方の人生を生きてください」って言われた時は

ドカーンっと 怒りのような負の感情が押し寄せてくるのがわかりました

まるでおもちゃ(自分)が興味を失った持ち主に捨てられる

そんな感覚がありました。

めちゃくちゃな負の感情が沸き上がってそれを自分の中で理解するのに必死でした。

しかし、ここで今まで努力してきた、自分の感情を認めて上げるという行為の成果が出ました

これまでの僕だったら怒りに任せて母が傷つくような言葉を浴びせ、

思ってもないような事をいって半ば喧嘩のような感じで途中で切るような

終わり方になっていたんじゃないかなとおもいます。

しかし

今僕は怒っているんだな、ってなんか俯瞰できるようになったら

論理的に今こういう気持ちでいるって言うことを相手に伝えることができました。

そうすると言わなくても良かったことを言い過ぎて、

お互いヒートアップして収集がつかなくなるよりも

スッキリした感覚を感じることができました。。

そうして素直に寒くなってるから暖かくして体に気をつけてねって

最後優しい言葉を母にかけることができて

自分の中で確固たる自信のようなものを手にした感覚を掴むことができました。

そして、母に金銭的にも精神的にも執着していた自分を変えたいと思うようになりました。

以前から

執着するのをやめなきゃと思っていたのですが、

やめることはなかなか難しい

なぜならそれは

執着したいと思っている自分の存在を認識できていない

もしくは、

認めていないからだと僕は思います。

今回の出来事で

執着したいと思っている自分を変えなくちゃ

ではなく

変えたいと思うようになれたのは

執着したい自分変えたいと思う自分

認識できているから

なんとか自分の”意志”の方向に道筋は見えてきたような気がします。

最初はうまく行かないかもしれませんが

暗闇でもがくような先が見えない状況から

ようやく抜け出せたような気がしました。

これからについて

さて

これからについて

僕がやりたいことをやるという軸はぶらさないようにしたいと思いました。

結局人間って自分のやりたいことしかできない様になっていると思います。

特に自分の感じる感覚を頼りにすることが永遠に奪われることのない幸せの第一歩なんじゃないか

その感覚を研ぎ澄ます努力、自分で自分を幸せにする努力を怠らないようにしたいなと思います。

しかし、今まで自分軸みたいなものを持たなかった、他人軸を持たざるを得なかった者にとって

自分がやりたいことすら見つけるのは一苦労です。

やりたいことってなんぞや

僕はかなりセンシティブ(=敏感)な人間であると自負しているので

※名越康文さんがおすすめしているHSP診断さらっと100超えでした。→https://hsptest.jp

今の所

自分の感性を置いてきぼりにしないように

自分の中に自分を求めるのではなく

自分の外の世界に自分を創り上げる方法として

感性に寄り添ったクリエイティブなことをしたいということで

  • ○日本一周
  • ○絵を書く
  • ○懸垂をする
  • ○音楽を作る
  • ○ゲームをする
  • ○ゲームを作る

そんなことを考えていると

次々とやりたいことが生まれてきました。

これもある程度自分の感情を認識できるようになったからこそ

やりたいことをやりたいって言えるようになったんじゃないかなと思います。

しかしどれも”最低限”のお金は必要です。

家賃を滞納し、カードを止められている僕の

いまやるべきこと まずは

生活の基盤を固める事です。

やれる範囲でやりたいことの準備をしていきたいと思います。

これまでの経緯について

さて先程省略した2020年の経緯を深ぼっていきます。

2020年

最終的には意識偏重にならずに、自分の感性を信じる努力

自分のやりたい や やってみたい

やってみる、許してみる

そんな努力をしていきたいと思う 成長の1年でした

経緯としては

2020年の5月の挑戦、シェアハウスでの埼玉移住でした。

シェアハウスを通じて”youtubeで発信する”ことをチャレンジしました。

しかしその中でまた自分の過剰適応が出て、相手とうまく行かなくなりました。

相手との相性を過信しすぎたというか、そもそも自分の時間が必要なことに

自分自身気がついていませんでした。

なぜこんなにも苦しいのか・・・

夜な夜な川に足をつけて心が静まるのを待つという

なんとも不安定な時期でした。(6月〜8月初めまで)

7月が終わるころ

ちょうど不安定になってから2ヶ月が経とうとしていたある日

とうとう限界を迎えます。 

朝起きると38度の高熱、仕事にいけなくなりました。

2週間全てを考えた結果

よし、全てを投げ出して旅をしよう。

そうして仕事をやめ、家を出て、秩父へ行きました。

本当に自分が意志の強い人間だったらもしかしたら死んでいたかもしれません。

人から離れ、自然に触れるとフッと自分を客観視できるようになりました。

どうしてこんなに苦しいのか、それは

自分が自分を許さないから

許さない挙げ句、自分を殺そうとしている事に気が付きました。

大自然に触れて人の視線から離れ、自分と対話することでそれが見えてきました。

自分を許す努力が始まりました。

感情こそが自分なんだっ!

感情以外から来る”言葉”

大人の対応

空気を読む なんていう

自分を殺す行為はすべて封印して感情に従いました。

そうすると自分以外全てが敵のような感覚に陥りました

ホームレスになり、その後バイトは10個以上面接落ち、受かっても寝坊、遅刻で10日でクビ

まぁ様々なことがありました。

しかし最近気がついたのが、僕の本当の気持ちみたいなものを感じ取れるようになったのです。

そしてその気持ちを言葉で表現することも少しづつできるようになってきました。

今までの人生を振り返ってみると

僕は、僕の中の僕じゃない誰かから

【親や目上、お世話になっている人には歯向かってはいけない、今置かれている環境に感謝しなければならない、大人なのに子供みたいなことをするなんてみっともない、、、etc】など

ずっと言われ続けていました。

たしかにその御蔭で【努力しなければならない。遅刻してはならない。挨拶するべきだ。夜ふかしすべきではない。】こんなふうに自分を良い方向に持っていっていくれていたのも事実です。

でもそれもこれも自分の気持が介在していないからこそできたことで

いままではなんの疑問も持たないままのうのうと生きていました。

自分の気持ちが邪魔だとさえ思ったほどです。

しかし今思うと狂乱状態だったなと思います。

何をするにも、、中途半端な満足感しか味わえないんです。

何に対しても心底”心”が動かない。

何をしているのにも”俯瞰”している自分が心の奥底に居て

意志で行きたいと思う方向と逆の方向に

行くことに快感をおぼえるような変な感覚に陥ることも今でもあります。

これまでは自分以外誰とも踏み込んで話すことができないし、

ふと宇宙で僕一人しかいないんじゃないか?そんな気持ちになって

仕事をしていたときは心は動いていないのに、

急に目から涙がポロポロこぼれ落ちるという

現実世界でも 狂乱状態に陥りました

きっとこれまで許さなかった自分、迫害されてきた自分が、迫害してきた自分に

怒りを爆発させるかのように、体を動かし始めたのです。

相当自分の感情が麻痺して?おかしな事になっていた事に気が付き

感情を取り戻す作業が始まりました。

新たな家を契約し、

新たな土地でアルバイトをしながら自分が食べたいもの、自分がしたいことして

4ヶ月過ごしました。

そして年末年始の電話につながるのです。

感情は本当に自分なのか?

さて本題に入ります。

感情は本当に自分なのか?

この問いに関して僕は今まで【感情こそが自分である】って言ってました。

しかし最近では

感情は自分の一部で無くては幸せになることができないモノである。

しかしどうやら その他にも無くてはならない物があるみたいです。

それは思考や意志です。

車で例えると

感情や感覚 は ガソリン

思考や言動 は 車体

意志や目標 は 運転手

 

みたいなものです。

全員が全員”自分”を構成する要素であり

自分じゃない。

感情こそが自分?

記憶こそが自分?

意志こそが自分?

それをつなぐのが言動であり、思考。←借り物であり自分じゃない

感情や感覚は今この瞬間に生まれ消えていくモノ

記憶はそれを忘れないようにとどめておく入れ物

だから思考とか言動で反復できるものとして保存する必要がある。

それが経験として自分の中に刻み込まれ

自分が気持ちの良い事をより気持ちよくできるように工夫することで意志が生まれる。

自分というガラス製の人形があり

内側から自分の色を塗っていく作業が

感覚や感情を思考や言動として自分の記憶に留める事。

自分の外側から自分に色をつけていく作業が

形として表現したり、何かサービスや貢献を通して自分の居場所を創り出すことだと思いました。

結論感情は自分の原動力であり幸せの原石である。

しかし自分ではない

記憶は自分を留める箱のようなものであり最も自分を自分と証明するピンの役割をする

意志が自分を導く指標

思考や言動がそれらをつなぐ回路のようなもの。

全てそろって初めて自分。

感情はとりとめのなく移り変わっていくものだと

名越康文先生の本でのワークで思い知らされました。

だからといって無視するのではなく、感じることができる自分をいかに高めていけるか

それが僕の人生における”幸せ”なんだなと思いました。

経験論者が語る繊細な自分にできること

さて最後になりました。。

繊細な自分がしたいことはなにか?

それを考える前にここにも落とし穴があるなと思っていることがあります。

僕はしたいことを考えてもわからないときに

自分ができることをしようと思うことがあります。

できることをしようとするときに僕が陥った経験論者的発想。

やってみないとわからない

これは世の中では良い発想だと思われがちですが、、

僕はそうは思いません。

なんでもやってみないとわからないというのは一理あって

自分がやってみたいことを環境のせいにしてやらないのは違うと思います。

しかし意識偏重になる(=大人が先走る)癖がある人は

全てにおいてやってみないとわからないという経験論者になりがちです。

しかし人生には時間やお金といった有限な物があるので

全てを経験することはできないし

そもそもやってみたいとも思わないものをわざわざする必要はないと思います。

なのでお世話になった人が紹介してくれるとか、親戚が気を使って提案してくれるとか

そういうものであったとしても

自分がやっている姿を想像してしたいなって思えるかどうか

感覚としてポジティブな気持ちになっているかを想像して

全くそんな気分にならなければやらなくていいし、きっぱりと断るべきだと僕は思います。

なんでもやるときに自分がしたいかしたくないかを逐一自分に問いかける必要があるなと

思いました。

正直これをしていると人間関係がぐっと狭くなります。

しかし僕は友達なんて1人いたらいいと思うタイプなので

むしろ0人でも幸せな状態を維持する必要があると思っているので

かなり極論になりますができることであったとしても根底に自分がしたいことをするべきだと

僕は思います。

それがもしも世界中の誰からも支持されなくても

やるべきだと思います。(極力人に危害を加えないもの)

やったことがないから

したいとかしたくないとかわからないじゃないか

と思う方もいるかも知れませんが、

きっと普段から感性を研ぎ澄ます努力をしていると

やってみないとわからないものも

やってみたい、やったことないけどやりたいとも思わないに変化してくると思います(経験談)

だから何事もやってみるというのは

意識偏重になりすぎているんじゃないかなって

思います。

最後に今自分にできることは

幸せになる勇気を持つこと””

そのための具体的な策として

○生活の基盤を安定させること→アルバイトで最低限度の生活を保つ努力

○したいことや、やってみたいことをやってみる努力→経験し自分の感覚を研ぎ澄まし、感じ記録する

○自分以外の世界に感性を表現する場を作る努力

この3つを

やっていきたいと思います。

まだ具体的になにがしたいかは決まってません。

でもやってみたいことをやっていくと自然とみつかるのではないかなと思います。

なのでけんすいまにあとして

懸垂を期待してくれている方には残念かもしれませんが

今の所懸垂をしたいわけではないので

新たな道に進むけんすいまにあの挑戦を応援してくれると嬉しいです。

以上2020年の締めくくりでした。

ありがとうございました。

最終編集日 2021/01/27

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