本当の自分って何? 本のレビュー

懸垂(almost)

マニアックけんすいまにあです。

以前紹介した

【人はなぜ学ばなければいけないの?】

の続編に当たる

哲子の部屋シリーズより3部目

【本当の自分って何?】

から 以前自分も本当の自分がないと悩んでいた時期があったので(今も悩んでいる)この本から哲学者の千葉先生が語る”本当の自分”について

思いを巡らせてみる

アイデンティティの悩み

サカナクションというアーティストをご存知だろうか?

本書では代表作である【アイデンティティ】という曲を題材に

語りが進められている。

マルチタレント、女優、哲学者の3人が本当の自分について語り合うのだ。

僕はサカナクションが好きで

アイデンティティという曲は一番好きだ。

この曲に出てくる

アイデンティティが無い、生まれない、らららら〜

そもそもアイデンティティ=自己同一性というが

同一な自己とは存在するのか?

僕はずっと自分の考えがなくて、人の考えを聞いては鵜呑みにしてきた。

そうやって他人にすり合わせてきて、自分がこれと思うものがなくなったときに自分が嫌いになってしまった。

しかしそもそも自分というものが無くてはいけないのか?

自分がないのが自分と割り切るのがいけないこのなのか?

ずっと確固たる自分を大事にしてきただけあって

この疑問を自分で解消する術を持ち合わせていなかったから

本書でのアイデンティティを題材にした議論には

とても共感する部分が多かった

今このブログを見ている貴方には確固たる自分はあるだろうか?

変態である。変態の自分を嫌う自分も変態である。

人は皆変態である

突然、本書の監修を務める千葉先生が議論の中にこの言葉を打ち込んだ。

女優は[私はノーマルです。]

そう答えている。

しかしここで疑問が、、

ノーマルって何を基準に言っているのか?

まぁそれを話し始めると

前回議題にした環世界の話にも関わってくるのでそちらは置いておいて

ここで題材にされる”変態”とは

特殊な性的趣味を持つ、性的倒錯者としての変態

もう一つは、変身する。メタモルフォーズの変態。

芋虫が綺麗な蝶になるのも変態なんです。

そう聞くと

変態ってなんだか綺麗な意味に聞こえてくる。

変態=変身する自分≒色んな面を持つ自分

ドゥルーズの教え

【私と言うか言わないかがもはや重要でない地点に到達することだ】

アイデンティティの悩みに対して、20世紀を代表とするフランスの哲学者ドゥルーズはこう言う。

私と言う地点を定めるか、否か

常に自分は変わり続けている。そう言う視点から見ると。自分という確固たるモノを持つ事は可能なのか?

そもそも確固たる物を持つべきという考え自体不可能であり、過去に縛り上げる行為であり。自分を否定する事なんじゃないか

自分が何者だかわからない、本当の自分を見つける。それは自己否定の沼にハマっていく作業だった。

常にうちから湧き出てくるものは違ってくる

それに合わせて自分も変化していく

それが生態変化=変態

けんすいまにあも懸垂の変態。しかし変態性はひとつじゃない

僕は確固たる自分を探そうとしていた。

いや、今もしている。

これという思考を組み上げて

これじゃなきゃいけない。こうあるべきだって

それにすり寄ればすり寄るほど苦しくなる。

本当の自分を追い求めれば追い求めるほど

苦しくなって、全部崩そうとしてしまう。

しかしながら自分は何面もあっていいんだ

そう考えたら心が軽くなった。

油物は脂肪が付いて体を重くして懸垂に支障が出るから金輪際食べないっ!

そんなことを他人に公言した後に30秒後に牛脂をたらふく食べたっていいじゃないか

懸垂マニアが牛脂マニアでいいじゃないか

同一性より差異が重要。ドゥルーズが説く中間の重要性

現代人は追求してしまう癖がある

完璧を求める癖

僕なんかは典型的な追求型だ。

そう言う人たちに向けて

ドゥルーズはこう言う

【興味深いのは始まりも終わりもないということだ。興味深いもの、それは中間である】と

世界を動き続けているものと捉えるドゥルーズは

中間の大切さを説いている。

本当にオリジナルなものはこの世に一つもない

だからこそ生成される、湧き出てくる自分も自分

同一性よりも、新たな自分と今の自分、過去の自分との差こそが大事なんだ。

本当の自分なんかない。

よく言われるけど

僕が今まで大切にしてきた経験論を土台から覆すものだった。

昨日の懸垂をする自分も今日の懸垂をする自分もおんなじ自分だと思っていた。

けど全く違う自分なんだって

昨日の自分よりも今日の自分の方が良いに決まってるって悪かったら過去の行動を責めてきたけどそんなもの自分の自信をなくすだけであって

本当にやらなきゃなんないのは過去の自分とは違う今の自分の気持ちを聴くことなんだって

今はまだ中間の大切さが頭では分かって心では分かってないけど

こう言う考え方ならこの先も前に進める気がする

僕が思う理想は”無言実行で、行動が言動と伴っている人”だったけど

言葉も人が作ったものである以上

自分を表現すること自体がもうオリジナルではないものなんだって

本当の自分、オリジナルなんかない、常に変わり続ける。その感情と向き合って思考して行動して学んでいくんだって

だからとりあえずやってみる

失敗する。成功する。その場を感じる。自分の気持ちを観察して、思考し言葉を借りて表現する、それをもとに学ぶ、そして楽しいことをもっと楽しくするために計画を立てる実行する。

この繰り返しが人生。

今は何もない6歳児だけど

今後は酸いも甘いも、その差異を味わえるのが真の大人だと言う意見もあるんだなって思いました。

精進していきたいと思いました。

妥協しない大切さも大事だとも思う。

やはりバランスだな

皆さんはどう思いますか?

もし興味があったら

哲子の部屋シリーズを読んでみてください

口語で展開される議論をまとめているのでさらっと読めます。

哲学という一見身構える題材でもスルスルと

入ってくるのでオススメです。

ここまで読んでくださりありがとう!

では次の投稿で会いましょう

また!

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